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Ladies and Gentlemen dream
月に憧れたクローバー
豊かな自然。その自然を奪うため、他の大陸からの侵略が耐えない。
 そんな侵略者――猛獣から自然や人間を守る為、防衛局が設立された。局長率いる第一部隊から第七部隊までで成るその防衛隊は、IGOの英雄である。

 これはそんな防衛隊第一部隊に所属する、一人の隊員と局長の、ある夜のお話し。



「はあぁ……猛獣めぇ……」

 連日の猛獣襲来で報告書を作成していた局長が、鬼気迫る勢いで動かしていた手を止めた。パキ、という音は多分、彼に握りしめられているペンからしたと推測する。
 ささっと替えのペンを用意して、トランス状態の局長の手からペンをすり替える。

「何故こうも連日襲来するのか……そんなに自然が羨ましいなら住めばいいだろ住めば!」

 まるで地の底から聞こえてくるような唸り声に混じって不平が漏れる。こうも疲れていなければ……普段の彼とても凛々しく美しいのに……今は美しさが仇となって恐ろしさに拍車がかかっている。綺麗な髪が顔半分にかかり、そこから覗くいつもは澄んだ瞳が、今は目が合うだけで人を呪えそうに病んでいる。目の下のクマもひどい。

「レイ局長……少し休まれた方がいいのでは?」

 普段の彼なら姿勢正しく黙ってひたすら書類作成をしているのだが、今は前のめりだし悪態はつくし、大分イライラしているのが明らかだ。

「しかし休んでいる間にまた猛獣が襲来したら――」

 そこまで疲れているというのに、正義感の強い彼らしいせり

「また書類が増えるだろうがッ!」

 ふじゃなかったがまあ……まあ、ね。うん。この状態じゃ仕方ない。

 だって最近曇り気味だった空が、今夜は晴れているのだ。
 星空は格別で、綺麗に見えるとなればその夜はお祭り状態。まさに今夜は、お祭り騒ぎなのだ。

「ほら、せっかくの晴れ空なんですし、私と」
「だからお前達は楽しんで来いと言ってるだろ。いいぞ、行ってきて」
「いや……私は局長とですね」

「くそッ、これはあれか。書類を増やさない為には猛獣襲来にいち早く駆けつけるしかないのか?」
「……」

 まあ他の隊が討伐すると、そこの隊員、隊長、全員から討伐書類を集めてそれを局長が纏めてさらに上へ報告するのと、その部隊隊長へ良い点、悪い点、改善点をまた書類にして渡さないといけない。
 それなら自分の部隊が片付けた方が書類が少なくて澄む。

(度重なる襲撃で書類が溜まってるから、一枚でも増やしたくないんだよな……でも)

 この人に恋して六年。いい加減にアタックしろと周りから口うるさく言われているのもあるが、私もそろそろこの人に、私を見て欲しい!

「局長!」

 パン!と机に手をついた。今日がチャンスだ。猛獣襲来で疲れている今がチャンスだと私は思う!

「なんだ。仕事の邪魔だぞ」

 書類の上に手を置かれたので止むなく手を休めた局長が、うつろな目で私を見た。


「休みましょう! 休んだ方がいいです確実に!」
「お前な……私は気にしなくていいから」
「気になります気になるんです思いっきり! よれよれの局長がもの凄く気になって仕方ないんです!」
「……よれよれ……」

 気にして欲しかった台詞はそこじゃないが、局長の肩から力が抜けたので良しとする。

「休みましょう。また出動する時に局長がぐったりしてたら士気も下がりますし、第一心配で猛獣どころじゃありません。」
「……」

 どさくさにまぎれてがしっと両手を握りしめてみた。局長がじっと私を見つめている。

「……」
「……」

 沈黙がッ! どう思ってるんだろ局長! っていうか睫毛長い! 心持ちげっそりしてても美しいッ! やっぱ好きだこの人!

「……まあ……そうだな……」
「え?」

 沈黙に耐えきれずに脳内世界に没頭していたため、局長の返事が何に大してなのか、一瞬誤解しかけた。

「お前の言う事も一理ある」

 うん、と局長は頷いて、きりりとした表情で宣言した。

「決めた。私は休む。今夜は休むと決めた!」
「は、はい! 歓迎します!」

 すくっ、と局長が立ち上がった拍子に手が抜き取られた。あああ……温もりが……。

「さて、そうと決まったらさっそくあいつらのところ」
「いえいえいえいえッ! それじゃ駄目です駄目なんですッ!」

 すたすたと歩き出した局長の腕を引っ掴んで無理矢理止めた。思い切り怪訝そうに睨まれる。しかしこうして立って側にいるとやはり小さいのだなぁと感じる。

「駄目とはなんだ駄目とは」
「いやだからッ……大勢で騒いだら休みにならないじゃないですか!? ね!? そうでしょ局長! や・す・み!」
「……」

 あからさまに面倒くさそうな顔をされた。だが、ここで諦めるわけにはいかない! 私の薔薇色の未来の為に!


「ほら、裏山に登って静かに星空眺めた方が癒されますよ絶対!」
「……裏山か……」

 あ。静かに見たいかもと思ってる? 思ってるんですか? ちょっと目に生気が戻ってきた気がする!
 じっと表情の変化を見ていたら、歪んでいた口元が綺麗な弧を描いた。

「そうだな。確かにその方が休めそうだ」
「ですよね!」

 なんて素敵スマイルだ! 美しい……!

「では行ってく」
「行きましょう一緒に! 是非!」
「いや、でもお前あいつらが」
「私は!」

 めげちゃ駄目だ! と局長の両肩を掴んでこっちに向けた。

「レイ局長と! 見たいんです!」
「……」
「……」

 い……言った。私言った!

「……」
「……」

 ぐああっ、恥ずかしい……局長何か言って下さい!

「……」
「……」

 沈黙長ッ! 何考えてますか局長! 私はもう泣きそうですよ!
 きょとん、と私を見ていた局長が、何故かぽんぽん、と私の肩を叩いた。……どういう事だ? 戸惑う私に、局長がふわりと微笑んだ。

「そうか。なら一緒に見るか」

 え……まじですかぁ! これはあれですよね! 私の思いが通じ

「お前には一番心配かけてるからな。うん。お前にも休みが必要だな」

 たということではないんですね。やっぱり。ですよね。

「そ、そうですよ局長……一緒に……見ましょう」
「ああ。じゃあさっさと行くぞ」
「は、はい!」

 何はともかく二人きりで星空を眺めるという計画は実行出来そうだ。



 暗い山道を二人で登って行く。
 この裏山は訓練でも使っている為、灯りがなくても二人とも特に迷いなく進む。

「局ちょ」
「ほら、もうすぐだぞ」
「……」

 ほんとは、私がリードしたかったんですけどね……。さすがは局長……いつでも恰好良いです!

「しかし、本当に今夜は星が綺麗だな」

 空を見上げながら局長が嬉しそうに言った。その声につられて私も嬉しくなる。

「そうですね。頑張ってる私らにご褒美ですよ、きっと」

 すると局長がくすくす笑った。

「え、なんですか?」
「お前はたまに子供みたいに可愛い事を言うな」
「……」

 だが、局長に可愛いとはいえ好意を持たれているのは、死ぬ程嬉しい。

「さ、ここでいいんじゃないか?」

 少し木々が開けたところで、局長が足を止めた。

「そうですね。よく空が見えます」

 言いながら先を越されないようにと、慌てて上着を脱いで地面に敷いた。

「どうぞこちらに!」
「あ、ああ……悪いな」

 本当に申し訳なさそうに局長が座った。その隣に私も座る。勇気を出して距離を詰めて座った。

「き、綺麗ですね!」

 自分から隣に座っておいて、めちゃくちゃ緊張する。

「そうだな。……休んで正解だった」
「よ、良かったです……!」

 そのまま上手い言葉出ず、黙って星を眺める。
 今夜は本当によく晴れていて、遮るものが何もない。きらきらと輝く星が自慢し合っているようで、いつもより大きく見えた。

「綺麗ですね……」

 ぽつりと零れた台詞は味気ないものだったが、局長がそれに笑った気配がした。

「本当に。星が降ってくるようだとは、よく言ったものだ」
「そうですね。本当に、降ってくるみたい……」

 局長と私は、じっと星空を見つめた。

「……」
「……」

 綺麗な星空だ。ムードたっぷりな。

「……局長」
「……なんだ?」

 この星空の下で、一体どれくらいのカップルが愛を囁いているんだろう?

「綺麗ですね……」
「そうだな……」

 ああ、なんて言おうとしていたのか忘れた。というかさっきも告白まがいな事言ったのにまるっとスルーされた私はどうしたらいいんだろう。それはあれか? 実力行使しかないのか?

「あの……」
「……」

 局長に実力行使……は、駄目だ。私が死ぬ。間違いなく死ぬ。この人は強い。なんせ局長だから。

「私、思うんですけど……」
「……なんだ」

 私は意を決した。うん。現実逃避は駄目だ。

「星、降ってきてますよね?」
「……」

 私たちは空を見ていた。星が瞬く空を。
 星って空に浮かんで光っているものだよな。というか星だしね。宇宙に浮かんで見えているのが星だしね。じゃあそれが見る間にデカくなってるのはなんでだろ。

「気のせいだろう」
「……いやでもデカくなってません?」

 間違っても大気圏突き破って降り注ぐものじゃないよな?私たちが今夜欲していた星は、落ちてくるもんじゃないよな? 私の薔薇色の未来の為に、甘い雰囲気を作ってくれるものだよな?

「確かに輝きが大きくなってるな」
「確実に迫ってますよね?」

 局長も私も、夜空の星から目を逸らさない。



「局長」
「ナンダ」
「……落ちましたね」
「……」

 裏山の麓に星が降った。それは綺麗な花火を散らして。同時にキャーッと悲鳴も聞こえた。

「局長」
「……幻覚ダ」
「現実逃避しないで! 局長!」

 思わずがしっと局長の肩を揺さぶった。ああ駄目だ! 目がうつろになってる!

「私ハ今夜、休ミナンダゾ? 休ミノ私ニ、仕事ナンテナイナイ」
「局長ォオオッ! 戻ってきてーッ!」

 麓から火だるまになった何かがもの凄い勢いで登ってくる。それも一つや二つじゃない。山を焼き払わんとするかの如く。

「局長ッ! 局長戻ってきてッ! 死ぬ!」
「ヤメロヨ。猛獣ハ、コナインダカラ」
「お願いですから局長ォオオッ! 生きてェエ! 一緒に生きて下さいィイ!」

 火だるまな猛獣はすぐ目の前に迫っていた。正直言って防衛隊史上最弱の私なんか瞬殺だ!

「私を助けると思って! ね!?」
「……」

 ふぅ、と局長が溜息を吐いた。その仕草が落ち着いていたので、ああ良かったと思ったら。

「……猛獣……猛獣め……!」

 私は思わず後ずさった。局長に、地獄の鬼が降臨した。ゆらりと立ち上がった局長に近づけない。

「あいつらはなんなんだ……! そうか。あれか。私に恨みでもあるんだなッ!」

 ぐわっ! と見開いた目が、虚ろな殺意を発射した。

 さっきまでいい雰囲気だったよな? まあ現実を見ようとしたのは私だけど。

「覚悟しろよ猛獣ッ!木っ端微塵にしてやらぁッ!!」
「待っ」
「オラァアアッ!」
「……」

 これはあれだ……猛獣がいる限り、私って局長の目に入らないの?

「まじですかぁ……」



 星降る夜。
 私たちを待っていたのは男女の甘いひと時――ではなく。

 結局いつもと変わらない、猛獣退治だった。



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